マラキ書1章1~3節 エレミヤ書31章31~34年
説 教 「新しい契約」
「新しい契約」マラキ 1:1~3 エレミヤ 31:31~34
マラキ書は旧約聖書の最後に置かれている書です。バビロン捕囚から帰っ
て来た民は、神殿を再建し、ネヘミヤの指導によってエルサレムの城壁を再
建しました。マラキは神殿再建から 100 年後位の時代に活躍した預言者で
す。このときのイスラエルの民は、神殿を再建した時の熱心な信仰は冷めて
しまい、再び堕落した生活に戻ってしまっていました。
1.民の罪
(1)神の愛を忘れる(1:2~3)
主は「私はあなたがたを愛してきた」と言われます。ところが民は、「どの
ように愛してくださったのか」と反論するのです。「私はヤコブを愛し、エサ
ウを憎んだ」と言われていますが、これは「ヤコブを愛した」ということを強
調する言い方です。人を出し抜き、押しのける者であったヤコブを、神様は見
捨てず、救ってくださいました。ヤコブの子孫であるイスラエルの民も、何度
も神様を裏切ってきました。しかし、それでも神様は見捨てませんでした。そ
の神様の愛を、彼らはすっかり忘れてしまったのです。
(2)神を軽んじる(1:6~8)
主は、「私に対する尊敬はどこにあるのか」「私を軽んじる祭司たちよ」と
言われます。すると「我々はどのように御名を軽んじましたか」と反論しま
す。彼らは病気の動物を献げても、それが悪いことだと思っていないのです。
(3)神に仕えても益がない(3:14)
彼らは「神に仕えても益がない。傲慢な者が悪を行っても栄えている。神を
試みても罰せられない」とうそぶいていました。
2.裁きと救いの予告(3:19~24)
そのような民に対して、主は傲慢な者、悪を行う者はすべて焼き尽くされる
日が来ると警告されます(3:19)
しかし、主を畏れる者には義の太陽が昇り、子牛が躍り出て跳ね回るような
喜びが与えられると言われます。そして、救い主が来る前に預言者エリヤを遣
わすと約束されます。ここで言われているエリヤは、バプテスマのヨハネのこ
とです(マタイ17:12,13)。こうして旧約聖書は、人間の堕落とそこから救
ってくださる救い主の到来を指し示して終わるのです。
3.新しい契約の恵み(エレミヤ31:31~34)
主イエスは、エレミヤが預言していた新しい契約を実現してくださいまし
た。主イエスは十字架と復活により、私たちの罪を赦し、神の子としてくださ
いました。そして、喜んで主に仕える者としてくださったのです。