「安息日の祝福」出エジプト 20:8~11
今朝の御言葉は、十戒の中の第 4 の言葉、「安息日を覚えて、これを聖別し
なさい」です。安息日は土曜日でしたが、教会は主イエスの復活を記念して、
日曜日を安息日として礼拝をささげるようになりました。
1. 6日間は働いて
労働は神が与えてくださった祝福の務めでした。神は人に、神が造られた地
を耕し守る務めを委ねてくださったのです(創世記2:15)。しかし、人が罪を
犯した結果、労働が苦痛を伴うものとなってしまいました(創世記3:17~19)。
2. 恵みとしての安息日
神は一週間の中で一日、労働から離れて休息する日を定めてくださいました。
主イエスの時代、ファリサイ派の人々は何が労働に当たるのかを細かく定め、
それを厳格に守らせようとしました。そのため、安息日は祝福ではなく、守ら
なければならない規則になってしまったのです。
(1)創造の神を賛美する
神は6日のうちに、すべてのものを創造されました。そして7日目に休まれ、
主はその日を祝福し、神を礼拝する日として聖別されました。祝福とは、生命
の力を与えることです。ですから私たちは、神によって造られ、生かされてい
ることを感謝し、神から新しい生命をいただいて、神に賛美をささげるのです。
(2)救いの神を賛美する
申命記5章にも十戒が記されています。ここでは、エジプトで奴隷であった
イスラエルの民を神が救い出してくださったことと結びつけられています。新
約の恵みにあずかっている私たちにとって、安息日は主イエスの十字架と復活
によって救い出してくださった主をほめたたえる日です。この主は、これから
の私たちの歩みをも導いてくださいます。ですから私たちは、将来に希望を与
えてくださる主を賛美するのです。
創造の神、救いの神を礼拝するとき、新しい力が与えられます。ここに真の
安息があります(イザヤ40:30、31)。
3. 中断の恵み
安息日は、私たちを働き過ぎ(過適応)から守ります。「自分の生活はこれ
でよいのか」と立ち止まり、神の声を聞くときです。また安息日は、心配事を
中断するときです。主に信頼して、心配事を主に委ねましょう。