「祈る教会」使徒言行録 4:23~31
生まれつき足の不自由な男を、ペトロとヨハネが主イエスの名によって癒や
したことを通して、ユダヤの指導者たちからの迫害が始まりました。二人はユ
ダヤの議会で尋問を受け、「イエスの名によって一切話したり、教えたりしな
いように」と脅されました。
1.仲間のところへ
使徒言行録は、教会のことを仲間と言います。教会は建物のことではありま
せん。仲間です。きっと教会の仲間たちは、二人のために祈っていたことでし
ょう。二人はその仲間のところに行き、残らず報告しました。それを聞いた人
たちは、心を一つにして神に向かって声を上げました。彼らがしたことは、た
だ対策を相談するということではありませんでした。神に向かって、心を一つ
にして祈ったのです。
2.祈りの内容
(1) 彼らは、「主よ、あなたは天と地と海と、そこにあるすべてのものを造ら
れた方です」と祈りました。神様をどのようなお方として理解しているかとい
うことは大切です。ユダヤの指導者たちを超えて、神様がすべてのものを造り、
治めておられるのだ、というのが彼らの信仰でした。
(2) 彼らは御言葉を通して現状を見ることができました。御言葉は、神様の視
点で物事を見ることができるようにしてくださるのです。彼らは詩編2編1~
2節の御言葉を通して、主イエスの十字架は、ユダヤの指導者とローマの総督
が神様に逆らった結果であると受けとめることができました。そして、詩編2
編3節では「天にいます方は笑う」と続きます。そのように、父なる神は主イ
エスを復活させてくださいました。このように、今、自分たちも苦難の中に置
かれているけれども、苦難の後に勝利があることを、彼らは御言葉を通して確
信することができたのです。
(3) 彼らは、「あなたの僕たちが、堂々と御言葉を語れるようにしてください」
と祈りました。祈りには、まかせる面と求める面があります。彼らは、「迫害
する者を滅ぼしてください」とは祈りませんでした。これは、神様にまかせる
ことだからです。彼らが求めたのは、自分たちが何をなすべきか、ということ
でした。「堂々と御言葉を語れるように」、これが彼らの求めでした。そして、
神様は彼らに聖霊を満たして、その求めに応えてくださったのです。