2024年7月7日(日)礼拝説教 「私たちの父なる神」マタイによる福音書 7章7~11節

「私たちの父なる神」マタイ 7:7~11

神様は、どのようなお方なのでしょうか。
1.父なる神
聖書は、「天におられるあなたがたの父」と言っています。「父」と聞いて、
どんなイメージを持たれるでしょうか。厳しいお方、優しいお方、受け取る人
によって、いろいろなイメージがわいてくると思います。ただここで大切なこ
とは、私の父親は厳しい人だったから、父なる神も厳しいお方だろう、と思っ
て、自分の父親のイメージで神様を判断しないということです。大事なのは聖
書が何と言っているかです。聖書は、「あなたがたの誰が、パンを欲しがる自
分の子どもに、石を与えるだろうか。…まして、天におられるあなたがたの父
は、求める者に良い物をくださる」と言っています。これが、聖書が私たちに
伝える神様の姿です。
イエス様は放蕩息子の譬えの中で、ボロボロになって帰って来た息子を大き
な愛で迎える父親の姿を描き、これが私たちの父なる神様だと教えてください
ました。私たちの父なる神様のイメージを、聖書が示しているイメージに切り
替えていきましょう。私たちの父なる神は、大きな愛のお方です。
2.父なる神の愛が見えなくなるとき
父なる神が愛のお方ならば、どうしてこういうことが起きるのでしょうか、
と思うことがあります。ヨブは、一日にして財産を失い、10人の子どもを失い
ます。そして、自分の健康も失います。そのような中にあっても、当初、彼は
「私たちは神から幸いを受けるのだから、災いをも受けようではないか」(ヨ
ブ2:10)と言いました。しかし、やがて彼の心の中に溜まっていた不満、怒り
が噴き出します。「私は神に言おう。『私を悪しき者としないでください。ど
うして私と争うのか知らせてください。』」(ヨブ10:2)。ヨブの友人たちは、
彼を諭そうとしますが、ヨブの怒りは収まらず、神様に訴え続けます。最後に
ヨブは「自分が神様について知っていると思っていた知識は小さなものだった。
神様はもっと大きなお方だった」ということを悟るのですが、ヨブ記で大事な
ところは、ヨブが神様に自分の思いを繰り返し、ぶつけたということだと思い
ます。相撲のぶつかり稽古のように、思いっきりぶつかっていくことができる、
そして、それを受け止めてくださる、それが父なる神様です。
3.求めなさい
ですから、「求めなさい」と聖書は言います。あなたが抱えている問題を神
様のところに持って行くのです。父なる神は、良い物をくださいます。何より
も、祈り求めていく中であなたを成熟させてくださるのです。