2024年6月30日(日)礼拝説教「自由と服従」ペトロの手紙第一 2章13~17節

「自由と服従」ペトロ第一 2:13~17
キリスト者は置かれた社会の中で、どのように生きていったらよいのでしょ
うか。
1.服従しなさい
「すべて人間の立てた制度に、主のゆえに服従しなさい」と言われています。
これは、何でもいいなりになりなさい、ということではありません。ペトロは
伝道を禁じられたとき、「神に聞き従うより、あなたがたに聞き従うほうが、
神の前に正しいかどうか、ご判断ください」(使徒4:19,20)と答えて、イエ
ス様のことを伝えるのをやめようとはしませんでした。後に、ペトロはローマ
で殉教します。その彼が、ここでは「制度に従え」「王であろうと、総督であ
ろうと、服従しなさい」というのです。
これはどういうことでしょうか。王や総督の本来の役割は「悪を行う者を罰
し、善を行う者を褒める」ために立てられたのです。つまり、社会的な秩序を
保つ働きです。その働きに対しては従いなさい、つまりキリスト者も社会的な
責任を果たしなさいと言っているのです。このとき、キリスト者を悪人呼ばわ
りするような「愚かな人々の無知な発言を封じる」ことができるのです。当時
の社会は秩序が乱れていました。その中でキリスト者が健全な社会をつくって
行こうとしたとき、人々はキリスト者を信頼するようになり、その結果、キリ
スト者となる人々が増えていったのです。
2.自由人として、神の僕として
イエス様は、「しなければならない」という律法の束縛、「してはいけない
と分かっていても、それをしてしまう」という罪の束縛、そして死の恐れから、
十字架と復活によって解放してくださいました。晴れ晴れとした自由を与えて
くださったのです。もちろん、自由だからと言って、悪いことをしてもよいの
だということにはなりません。反対に、自由とされた喜びをもって、神様に仕
えていくのです。喜びをもって、神様に喜ばれることをしていくのです。
3.すべての人を敬い
キリスト者は、すべての人は神様によって造られたのですから、すべての人
を敬います。教会の兄弟姉妹を愛します。神様を畏れます。そのとき、人の目
を気にすることから解放されます。何よりも礼拝を大事にします。指導者が正
しい政治を行うことができるように祈ります。
愛の冷めた時代に、彼らは愛に生きました。鍵となる言葉は「主のゆえに」
という言葉です。主イエスがどんなに大きな愛で愛してくださったかを知ると
き、彼らもまた「主のゆえに」愛に生きることができたのです。