「あなたがたは神の民」ペトロ第一 2:9~10
「私なんか、いてもいなくてもいいんだ」と思ってしまうことがあるかもし
れません。自分で自分を見ているだけだと、自分が何者であるかがわかりませ
ん。神様がどう見ていてくださるか、ということに気づくことが大切です。こ
こには、キリスト者とは、また教会とは、どのような存在なのかが記されてい
ます。
1.4つの言葉で
ここには、4つの言葉で、キリスト者とは、そして教会とはどんな存在なの
かが記されています。
(1)選ばれた民(申命記7:6~8)
神様は私たちが優れていたからということではなく、逆に弱く、小さな存在
であったのにもかかわらず、愛のゆえに選んでくださいました。
(2)王の祭司(出エジプト19:6)
王の祭司とは、「王と祭司の務めを兼ね備えている者」という意味と、「王
(神)に仕える祭司」という意味があります。祭司は神と人との間に立って、
とりなしの祈りをし、神様の祝福を届ける人です。
(3)聖なる国民(申命記7:6)
神様のものとされ、神様の聖さを広めていく使命がゆだねられているのです。
(4)神のものとなった民(使徒20:28)
教会は、イエス様の十字架の恵みによって罪が赦され、神様のものとしてい
ただいた民です。
今朝、私たちは特に、神様の愛によって無きに等しい者を選んでいただいた
恵みを感謝しましょう。
2.闇から光へ
神様は私たちを闇から光へと招き入れてくださいました。「力ある顕現」と
訳されている言葉は、「特別な力」「不思議な力」「奇跡」という意味の言葉
が使われています。私たちが救われたのは、まさにこの神様の特別な力によっ
て光へと招き入れられたのです。でもそれは、私たちがイエス様を信じたとき
だけでなく、日々の生活の中で、いろいろなことで悩み、闇の中にいるように
思うとき、神様は私たちを聖書の御言葉を通して光の中へと招き入れてくださ
います。その素晴らしい恵みを、広く伝えなさいと言われているのです。
3.かつてと今
かつては神の民ではなく、憐れみを受けなかった者が、今は神の民であり、
憐れみを受けています。これが、神さまがしてくださった御業です。